こんなにスゴイ! 「はやぶさ」発信の電力制御技術(下)

2015年2月25日(水)

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掃除機もプラグ・アンド・プレイで

家庭の消費電力を管理しようとするとき、たとえば掃除機はやっかいな機器なのだそうです。掃除機の使用シーンを思い返してみれば分かりますが、HEMS(家庭用の電力制御システム)のサーバからすると、掃除機は「突然やってきてシステムに参加し、かなりの電力を消費し、また突然いなくなる」というふうに見えます。こうした機器までをすべて常時監視して、全体をマネジメントするには、かなりの困難が伴います。

ところが同報通信で行う《「はやぶさ」発信の電力制御技術》では、そうした機器をも容易にシステムに取り込むことができます。


クライアント・サーバ間通信を使わないということは、受け手にアドレスを割り振る必要がないということです。スマホにあるような個体識別番号(IMEIやUDID)がラジオ受信機についていないのと同じです。

アドレスが必要ないなら、システムにいつ加わっても、いつ離脱してもかまいません。これは「プラグ・アンド・プレイが可能」ということと同じ意味になります。


消費電力量の調整は、サーバが指示するのではなく、各機器がそれぞれに行います。つまり独立分散に並列処理されるため、システム全体としては非常に高速に動作することになります。

同報送信される情報量はわずかですから、「低速・片方向の通信で高速動作が実現する」ことになります。このようにして全体の制御を安定に行う仕組みが、その後の研究を通じて見いだされたのです。


繰り返しになりますが大事なことなので強調します。
ある約束事を守って各機器が自律的に電力使用量を調整すれば、全体として高速で安定なピークカットが行えるというのです。しかも、ある機器は他の機器の様子を――たとえば掃除機は電子レンジやエアコンのことを――いちいち気にする必要がありません。なのでHEMSとの共存も問題ありませんし、制御に参加しない機器が含まれていてもかまいません。

肝心なのは「ロジック」

その特徴を川口教授は、「クライアント・サーバ間通信を要しない高速制御法」という言葉で表現しています。どういうことでしょうか。

大事なのは、各機器が動作する際に守る約束事です。機器に組み込む論理(ロジック)です。そもそもJAXAにとって「宇宙の成果を地上に生かす」のも重要なミッションです。協働の意思表示をした企業にはこのロジックを無償で提供します。現在はJAXAとNDA(秘密保持契約)を交わす必要があるため、その内容についてここですべて触れることはできませんが、おおまかな説明としては、川口教授自身が「いまのところこれ以上の説明は思いつかない」という、「割り勘のアナロジー」でご理解下さい。


「はやぶさ」電力制御応用技術の家電機器への応用に係わるオープンプラットフォームの公開について および、その展開について (配布資料) JAXA SF室 2015.01.17


図中の「優先度」は、誰かが割り振るのではなく、機器が自分で設定してかまいません。そして優先度が決まれば自動的に決まる「戻り優先度」で調整が行われ、総消費電力は素早く目標値に収束します。


こうした方式は、電車の運行制御や、通信事業者(携帯電話会社)のネットワーク監視・制御にも役立てることができます。
たとえば電車の場合では、ひとつの変電所管内で供給される電力には上限があります。もし何かのトラブルで停まってしまっていた管内のすべての電車が、もし一斉に走り出したら、変電所はパンクします。実際にはそうならないよう、指令所(サーバ)から各列車(クライアント)に、無線で順番に出発の指示を出しているそうです。ダイヤの乱れの復旧に時間がかかるのはそんな事情もあるわけですが、もし各々の列車が、同報される情報を参照し、自律的に使用電力を調整しつつ走り出せるなら、より早いダイヤの復旧が期待できます。


また、この方式は“スケーラブル”でもあります。ある機器がシステム内の他の機器を気にせずとも動作し、低速メディアでも安定に高速動作するということは、いくつかの機器で構成されるひとつのシステムを、あたかもひとつの機器(モジュール)とみなせるということを意味します。

そのモジュールを複数組み合わせた上位のシステムも、安定で高速な動作が期待できますから、何階層ものシステムからなるツリー構造が、スケール(縮尺)を変えても保たれることになります。「モジュラーでスケーラブルでフラクタルな制御方式」の実現が可能となるわけです。


川口教授は公の場のレクチャーをこのような言葉で締めくくっています。


「天井の蛍光灯を変えるため足場にする椅子には、何本の足があればいいでしょうか。倒れたら危ないから4本だ。いや5本だ、あるいは6本目が必要だという人も出てくる人がいるかもしれません。しかし必要なのは3本だけです。自分でその椅子に自信が持てるなら、その椅子を重ね、いくらでも高く積み上げて高い所に手を伸ばすことができます」

自信の持てる3本足の椅子とは、この制御技術が適用された小さなご家庭をさすのかもしれません。小さなシステムを組み合わせることで、さらに上位のシステムにも、どんな大きなスケールのシステムにも適用させられる、といっているのではないでしょうか。 電力システム改革の激流の中で、「固定価格買取」「卸電力取引」「アンバンドリング」「スマートグリッド」「逆潮流管理」「デマンド・レスポンス」「バーチャル・アグリゲーター」など、耳新しい業界用語が一般紙の紙上もにぎわしています。
宇宙技術に端を発し、巨大な電力システムを一変させる革命的なポテンシャルを持った制御技術のチャレンジが、まずは家電の世界から始まろうとしています。

「ロジックをそのまま埋め込んだシミュレータなんですが、ちゃんと動いてます」(シミュレータを作った東芝ソリューション株式会社の加名生雄一さん=左端=)

「実際に機器を動かしてみて、このロジックのスゴさがジワジワと分かってきました」(展示用のデモシステムを作ったダイキン工業株式会社の山本基久雄さん=右端=)